はらこ飯と私

海仙のはらこ飯の画像

生まれて初めてはらこ飯を食べたのは、中学二年生の秋だった。
大河原に住んでいるAちゃんという友達の家に遊びに行き、Aちゃんのお母さんが「みんな、はらこ飯食わいん」と言って手作りのはらこ飯を出してくれた。
それまで「はらこ飯」という名前すら聞いたことのなかった私は、ピカピカのイクラと味の染み込んだシャケと少しおコゲのついたはらこ飯を見て、いたく感動した。
そして、食べてみて感動は倍増した。
なにこれ!美味しい!
こんなの食べたことない!!

あれから三十年。
若い頃はよく愚痴をこぼしていました。
今はご飯をこぼすようになりました。
長い年月が流れても、あのときAちゃんのお母さんが作ってくれたはらこ飯を超える美味しさのはらこ飯と、私は未だに出会っていません。

Aちゃんは可愛い子でした。
お母さんも可愛らしい人だった。
ちなみにAちゃんには3つくらい年上のお姉ちゃんがいたけれど、二人は姉妹なのにあまり似ていませんでした。

Aちゃんは高校を卒業し、エステティシャンとして働いていたそうです。
仲の良かった子から聞いた話ですが、Aちゃんは東京に行ってから、高校時代の友達とは一切連絡を取らなくなったそうです。
仲の良かった子は、「Aは変わった」と言っていました。
なぜ地元と縁を切ったのか、なぜAちゃんは変わったのか、私にもわかりません。


宮城県亘理郡亘理町逢隈高屋倉東57−6

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